火曜日のふた言

ついに始まりました「剣客商売」。大治郎不在は寂しいけど、次シリーズはきっと登板があると思います・・・またもや5回のミニシリーズなので1回たりとも見逃すでないぞぇ!

by しののめ

そんなわけで、私も今回は語らせてもらいます。ちょっと強引ですが、二人なので「ふた言」です!

 by小太郎

第4回

「冬木立」

7月11日

■今日のゲスト

雛形あきこ(おきみ)/山崎銀之丞(竹造)/若松屋文五郎(中原丈雄)

■今日のスタッフ

監督:井上昭/脚本:中村努/撮影:江原祥二/撮影:中島利男

■今日のロケ地

・八幡堀・・・・サブタイ前、雨を避けて走る大工。若松屋の経歴を説明する弥七と徳次郎。

・沢ノ池・・・・釣りをしていて耳が痛くなる小兵衛のシーン。

・中山別邸・・・若松屋表門

・西ノ湖・・・・葦原の中を駆けるおきみと竹造

■今日のグルメ

・「お酒一本と“名物”一丁」・・・相模屋のオススメ「豆腐と野菜の煮しめ」

・焚き火の中のカチ栗、はぜた音に弥七もびっくり。

・タイの腹の部分を刺し身で。その後は「軍鶏鍋」。さらにその後は大根めしにその汁をかけまわして・・・講釈だけぢゃなくって早く喰わせろ、と涙ぐむおきみ(うそ)。

■原作と映像の間に

・おきみのホクロの位置が 原作:小鼻の傍に、TV:口許の“セクシー”ホクロに

・おきみを預ける先は・・・

 原作:船宿「伊豆政」ここの女将はお元を仕込んだ女。

TV:不二楼へ。お元がおきみを仕込もうとする気配。

・若松屋の処遇は・・・

 原作:後日談として翌年に捕縛されたとある

TV:おきみの意趣返し(=もろ“仕置き”じゃん)として文五郎と用心棒を小兵衛が葬る。・雷に驚いて小兵衛に抱きつくシーン、伝馬町牢屋敷の前で三日も佇むおきみのシーンはTVオリジナル。また武骨ながらおきみの「くもった眼」を見開かせようと心を砕く長次。イイ人だ。

・マジックのような「当て身」の妙技は映像化されず(笑)。

・原作での大治郎はすでに三冬と所帯を持っているがほとんど事件には関与せずじまいなので渡部クン不在でもさほど違和感はなし。かえって小兵衛単独作品向きな原作だったかも。

■よろず覚書

・衣装流用ネタ・・・相模屋にいたヨタ者・辰が着ていた「緑とオレンジ」の半纏は「必殺仕舞人」にて直次郎(本田博太郎)のレギュラー衣装として使用されたもの。ついでに竹造の「花札柄」の上っぱりは「必殺スペシャル・せんりつ誘拐される」でゲスト仕事人・野分けの亀三が着用しておりました。

・心付けを受け取らないおきみ「おっ父からは受け取れねぇ」

・見たか!小兵衛のカウンターパンチの威力を!

・気絶した竹造を運ぶ際、腰から傘をはずす徳次郎。やっぱ邪魔なんじゃん(笑)

・小兵衛がプレゼントのかんざし。闇の中に吸い込まれるイメージシーンと井戸に落ちる釣瓶とがオーバーラップする。そして弦とクラリネットメインの叙情曲が・・・

・おきみの弔い一切を自ら引き受けるお元

・相模屋で一緒に働いていた小女・おみよはどーなったンだろ、殺されたってセリフがあったけど。

・今回、何度か劇中に現れた「テロップ」(「三年前」「伝馬町牢屋敷」など)、いずれもなんだか変な位置では?

・廊下の拭き掃除をするおきみについて歩く三冬。

・自らの手で若松屋を屠る小兵衛。堀り割りを飛び越えての殺陣はなんと吹き替えなしですぞ!平野屋ちゃん!(大うそ)。

■しののめ的総論

 今回は大筋は原作をなぞってはいるものの、その解釈について随分と脚色が加えられていて評価が難しいとこです。また「映像の“お約束”事」が何カ所か端折られて(もしくはお約束を破って)いて解釈が困難なシークエンスも。相模屋殺害シーン(=おきみの想像シーン)だと、本当におきみが殺ったように見えるし、それなら竹造が全てを告白したなら事件の真相をもう一度再現するシーンが必要では?

 それにおきみの相模屋殺しを何の確証もないうちから濡れ衣と疑ってかかった上、竹造を武蔵屋(弥七宅)にて尋問するのはいかがなものかと。また簡単に口を割った(らしい)竹造の人物像が「彼のおきみに対する気持ち」「若松屋との力関係」描写があいまいなためいまひとつ視聴者に伝わらないんじゃないかと。原作にはない「おきみ&竹造のラブラブ回想シーン」やおきみを騙し仰せていると思っていたのに小兵衛に「おまえをかばっているンだぞ」と言われてハッとする所から、少なからずおきみに対して悪い感情は抱いていないと思われるものの、しかし若松屋に頭が上がらないようでもある・・・騙しているうちに好きになっちゃって、というには書き込み不足だし演技も稚拙に過ぎますぜ、銀之丞。

 とにかく小兵衛のおきみへの入れ込みように説得力が感じられる描写はあるものの「ジャブ」としては弱すぎる。原作よりもおきみへの距離感が近く感じさせる分、何か説得材料が欲しかったところ。映像センス的には、人物のアップの多用(おきみ百態、弥七の態度からおきみの最期を察する小兵衛の2連アップなど)、ゲストの心情を記号化したアイテムの介在などは井上演出の真骨頂といったところか(第2シリーズで“紙風船”と人物像をふくらませて成功した「暗殺」編が印象的)。

■小太郎より

 全般的に「何でそうなるの?」と思える展開でした。小兵衛が何故そこまで、おきみの存在を気にするようになったのか(かわいかったから?)、何故小兵衛は、相模屋の殺害が竹造の濡れ衣だと決めてかかって拷問しているのか、事件の真相は何だったのか、竹造が自白したのはどんな心の変化があったのか、結局、おきみの中ではどういう心の葛藤があったのか……。そして、何でラストに若松屋は殺されるのか?(そんなに悪かったの) とにかく、そのへんを読み取るのが難しい。この辺は、映像と脚本の問題もあろうかと思いますが、小兵衛の存在感が一番大きいと思います。というのも、小兵衛という存在が、何でもわかっていて、全てを任せられる、優しく、強いスーパー老人であれば、おきみが小兵衛に身を委ねることも、竹造が小兵衛の説得に引かれて真実を自白することが、自然にできると思うんです。でも、正直、それがなかった。何となく、小兵衛が、無理やりおきみをラチ(?)してくる、色好き老人に見えてしまって、船の上でいやがるおきみを無理やり抱きしめて、かんざしまで買ってあげているような存在に見えてしまいました。別に、藤田さんを非難しているわけじゃないけど、やっぱり、小兵衛って難しい役なんだ、というのがよくわかったと思います。

 それと、細かい点だけど、お春がせつなくて……。小兵衛のために心をこめた夕食を用意しているのに、小兵衛は不二楼でタイと軍鶏鍋のごちそう。どうしても必要な仕事でそうなるのはし方ないんですが、「みんなで楽しく盛り上がろう」といっておきながら、家に女房を一人寂しく残しておくなんて。せめて使いを出してやるとか、「みんなでやって、おきみを慰めてくれ、私はお春が待っているので早く帰ってやる」ぐらいのこと、言ってやれないんでしょうか。最近私は、世間の夫婦とは逆転現象で、私の方が待つ身でありますので、こういうときに気づかい一つできないのは、どうしても嫌なんです。ほんと、細かいことだけど……。

 いずれにしても、前回、今回と2回続いて評価が難しい作品でした。後1本、大いに期待しています。

第3回

「狂乱」

6月26日

■今日のスタッフ

監督:小野田嘉幹/脚本:古田求/撮影:石原興/照明:中島利男

■今日のゲスト

石山甚市(永澤俊矢)、豊田孫左衛門(磯辺勉)、妻・稲(杉田かおる)、牛堀九万之助(竜雷太)、田沼意次(平幹二朗)

■今日のロケ地

・嵯峨清涼寺(釈迦堂)・・・白扇の一打ちで流血の惨事を招いた境内

・大覚寺明智門・・・本多家表門と玄関。門番にまで馬鹿にされている甚市

・醍醐随心院裏・・・牛堀の駕籠を付け狙う甚市が小兵衛と弥七に取り押さえられる

■今日のグルメ

 残念ながら今日は映像でのグルメ紹介は皆無。たき火の中の焼栗、関屋村からの到来モノの松茸&栗、小兵衛のみやげのハゼ。さっと煮つけると旨い・・・とは池波氏の大好物だったもの。

■原作と映像の間に

・甚市は田沼の口利きで小兵衛に指導を頼んだが、小兵衛は現役の牛堀に紹介している。原作は本多家中の井口主水が牛堀に依頼している。

・豊田孫左衛門は吝気で神経質なキャラに改訂され、また原作では名前が出てくるだけの妻・稲がクローズアップされ、家中の鼻つまみ者の甚市を掌であやつる悪女として描かれている。

・甚市が本多家に召し抱えられたいきさつを三冬が小兵衛に説明。原作では稲の兄・井口が牛堀に説明。

・甚市を黒田藩士殺しの科人として隠宅へ引き取る。オオカミを引き取っておはるを関屋村に預けなくっていいのかー。自宅へ人様を呼びたい人っているよねー(笑)。お秀も鬼熊もみーんな鐘ヶ淵にやってきた……。

・豊田の果たし合いの時、助太刀したことを「何もなかったのだ!」と口走るのは豊田自身(!)。原作では甚市が。この違いも後の“プッツン”に大きな影響が……。

・映像化しにくい(ムリな・笑)甚市の性癖や凶行の描写はさすがにオミット。原作の「小兵衛目撃シーン」がカットされているため、甚市が執拗に尾け回すのは小兵衛ではなく牛堀になっている。

・本来プッツンの元凶であるはずな、甚市を“ドブ鼠”扱いする家人たちは原作と違って命拾いするが、絶縁宣言した豊田夫妻を斬り捨てて出奔することに。

■よろず覚書

・大治郎は亡師・辻平右衛門の墓参のため不在なのだとか。

・立ち会い中に余計な口出しはいかんよ>小兵衛「勝負は見えておる」

・しおらしく田沼屋敷に控えている三冬、父上とは仲良くやってるのね。でも用人の生島次郎大夫(真田健一郎)がいなくてチト残念。

・枕元で語りかけるのが得意技となりつつある小兵衛。耳元でやさしく厳しく諭されたらさしもの鬼熊も石山甚市も心を開くか・・・はぐれ剣客純情派の面目躍如?

・男を手玉にとる“稲”像は、今が旬?の杉田かおるのキャラが存分に生かされたキャスティングなんだけどイマイチ使い切れてないなー。

・「剣の道の迷い子」甚市の荒ぶる魂を鎮めるべく脇差で立ち会う小兵衛。苦い表情で“弟子”の血糊を拭き取ってやる。

・「怖くはなかったかぇ」の質問に答えるおはる「アノ人やさしい眼をしていたよォ」。

・ちなみに今日出演のレギュラー陣(田沼・三冬・弥七・おみね・傘徳)は全て原作には登場しません、あしからず(笑)。

■総論

 今日は原作に“かなり”手を入れての映像化。タイトルの「狂乱」のきっかけや理由も微妙に完成作品ではニュアンスが変わっている。

 小説を一度でも読まれた方なら「いかに映像化しにくい原作か」はよくご理解いただけるはず。石山甚市を“気違い犬”(TVでは“オオカミ”と表現)として、家中の者だけでなく自分が恩人にあたる豊田にさえも疎まれていることで鬱屈した性格が形成され、信じられるのは己の剣だけとうそぶく人物に描かれている。人間性を回復するかに見えた甚市がプッツンして大殺陣に至る展開は決して悪くはないが、それなら「豊田と稲に裏切られてキレる」には二人の関係(連れて逃げようとするほどの)を掘り下げ、稲の二面性を際立たせないと甚市プッツンのくだりがいささか唐突な印象を否めない。もっと甚市の稲への想いが深いとか、豊田の叱責にどうにも我慢がならないことを的確に演出&演じてくれなくちゃなーと。

 原作のプッツンの起爆剤は、縁を切られた直後の同僚の悪口だったが、TVでは絶縁宣言そのものがきっかけとなっている。小さな改訂かも知れないが甚市の人間性を考えると重要なファクターであることに間違いないはず。さらに町中でなんの関係もない辻番所の小者を斬り捨てたり女子どもを人質にとって立て籠る展開ももっとよく甚市の「やむにやまれぬ表情」や追いつめられた状況での凶行、という表現でないと小兵衛に諭されて改心せんとした人物とは重なって見えない・・・ちょっとキビしい?

■小太郎より

 正直、何といっていいかわからないのです。非常に難しく、考えさせられる展開でした。人が狂乱するには、そこに追い詰められる理由があるのですが、だからといってあんなに無差別に人を殺させてしまう、その凶悪犯をどこかで「正当化」して考えさせようとしている制作側の意図が理解できません。小兵衛に諭され、前向きになっていくところまでは、私も「いいぞ!」と思っていたのですが、その後のほんの些細なきっかけからの無差別殺人、いくらドラマ上での展開といえ、私にはがまんできませんでした。大阪の小学校で不幸な事件が起ったばかりなのですが、あの犯人にいかなる理由があっても何ら同情の余地はないのです。私は、すぐにそのことが頭をよぎりました。そりゃ、ドラマと現実は別ものかもしれませんが、あそこまでやってしまったら、私は、同情も何も感じられませんでした。最後は、甚市の哀れな末路に心を撃たれる、というよりも、「単なる異常者」にしか思えなかったのです。甚市の亡き殻の前で、手を合わせたいとは思えませんでした。そう思ったの、私だけですか?それって、考え過ぎ?せめて、あの現実の事件の記憶が薄れるまで、放送を伸ばせなかったのでしょうか?(といっても、甚市の永澤俊矢氏は、かなりいい演技をしていたと感じています)

 私としては、もっと豊田夫妻と甚市の「擦れ違い」を描いてほしかった。しののめさんも指摘していましたが、杉田かおるを起用したところで、私はかなりの「きわどいシーン」まで期待していました。今のフジの昼メロ「愛の言葉」のように(そんなものまで知っている私は何者だ?→つい最近ビデオで見た「金八先生シリーズ」、CSで見ていた「雑居時代」を含め、私にとって、杉田かおるは今が旬です)。ほとんど、説明的な役割しか果たしていない、三冬、弥七、おみね、傘徳などのシーンを割愛してもよかったと思います。

第2回

「鬼熊酒屋」

6月12日

■今日のスタッフ

監督:林徹 脚本:田村惠 撮影:江原祥三 照明:中島利男

■今日のゲスト

大滝秀治(熊五郎)、左とん平(与吉)、奥村公延(小川宗哲)、佐藤友紀(おしん)、木下ほうか(文吉)、浅井江理名(おまき)、仁科貴(武蔵屋の酔っ払い=川谷拓三Jr)

■今日のグルメ

・すっぽん鍋〜足しげく外出する小兵衛「またスッポンか・・・」若いカミさんもらったンだもん、がんばれ!

・鴨飯〜おはるのスペシャリテ。みずみずしい芹の香りと共に掻き込む熊五郎。

・鬼熊酒屋のメニュー(鰯の焼いたの、筑前煮など)も旨そう。

■今日のロケ地

・わらびの里〜熊五郎が腹痛にのたうち回る竹林

・渡月橋のやや上流〜小兵衛と熊五郎を乗せた舟を漕ぐおはる、水面キラキラが美しい

■原作と旧映像と新映像の間に

 今回は原作と「加藤剛&山形勲版」の同名作品を視聴して新作「鬼熊酒屋」視聴に臨んだので少し 旧作についても一緒に言及してみます。(旧「鬼熊」データ〜監督:田中徳三、脚本:安藤日出男、大治郎:加藤剛、小兵衛:山形勲、弥七:山田吾一、熊五郎:島田正吾、小川宗哲:永井智雄、おしん:山岸映子、文吉:山本亘)

・原作・旧作では将棋を指しに行くと行って出かける熊五郎、新作では「だまって出かける」。ちなみに小兵衛宅で将棋を指している(!)

・原作では大治郎は登場するもストーリーの大筋とは絡まないので渡部篤郎氏不在でも問題なし。 旧シリーズは大治郎を主役にした作劇なので当然旧「鬼熊」にも登場、小兵衛の役どころを少し分担している。→熊五郎と中間の喧嘩を仲裁、「鬼熊」を訪れておしんと文吉に熊五郎のことを聞き込む、境内で薬を飲む熊五郎を見つける等。

・小兵衛、宗哲を治療とカウンセリングのために熊五郎に引き合わせる。得意の“藤まこ節”で熊五郎に語りかけて「鬼」の心も説き伏せ、ついに鐘ヶ淵へ遊びに来させてしまう(笑)。さすがマコちゃん下町人情派(苦笑)。

・小兵衛と語らう病床の熊五郎。過去、ひとを殺めた経験アリのくだりが旧作ではオミットされている。おしんの父親は行方不明とのこと。

・原作には三冬は不在だが、TV(新作)オリジナルのキャラ・与吉父娘の導入により三冬がかかわりを持つという展開が用意された。

■よろず覚書

・熊五郎の腰に揺れる煙草入れの根付けは象嵌の般若。

・シリーズ初登場の小川宗哲役、演ずるは松方弘樹版&山崎努版「雲霧」にて“寝牛の治平”に扮した奥村公延氏。今後も登板は期待できるかな?しかし「小・熊・宗」の3ショットはゴールデンタイムにしちゃ平均年令の高い3ショットでないかい(笑)。

・おしんは自分が父を殺されてみなしごだったことを知っている(原作ではそこまでおしんについての描写されていない)

・熊五郎が投げたひしゃくを「3つ」に切る小兵衛(=原作通り)、旧作では大治郎が「2つ」に切った。

・「鬼熊酒屋」のセットは先の「鬼平」で「一本饂飩」の「豊島屋」として撮影された松竹京都映画内のオープンセット。

・火曜時代劇OPの「情」という文字がかぶるのは、今回の鬼熊酒屋前での殺陣を使用しているみたい。小兵衛のアップも同様。

・縄のれん越しに“夜叉”の形相となる熊五郎、出刃包丁を奮って押し込み浪人に殺到する。

・そろそろ「お約束」となってきた「『ワシの女房じゃ』発言に驚くゲストの図」

・「枯れ笹を口にあてがって嘔吐を押さえる」「大量にごほしつつもひしゃくで水をあおる」「客に片口の酒を放る」「薬を掌からねぶる」など一挙手一投足に至るまで、秀治は熊五郎になりきっているっ!!!ラストの「おしんを騙してこのままあの世へ行っちまってもいいってのかい」は胸を掻きむしられるほど万感の想いが・・・もうウルウルやったっちゅーねん、ワシ。

■総論

 1時間の娯楽時代劇に「情」も「殺陣」も盛り込む“TV的措置”のために設けられた「与吉父娘」「無頼浪人が主導権を握ってしまう恐喝」TV版オリジナルのシークエンスが今回の主な脚色部分。この是非は原作フリーク各位それぞれにおありのことだろう。ただし与吉と熊五郎の関係が説明不足(恐らく撮影されたものの編集時にカットされたのでは?)。強請を働く小悪党かと思えば自分の所為で患った娘の病の治療代のためにやむなく・・・という大義名分も加味された与吉像。どうしてターゲットを熊五郎にしたのか、という理由が画面上では理解できない。「二人は旧知の間柄」な設定なら、せめて「おしんの父親殺しの事実を知っている昔の悪事仲間の与吉がやむにやまれず熊五郎を強請る」と表現しなければ、与吉の善人な面(殺しはしたくない等)を強調されても気持ち的には得心が行かない。

 また「気難しい熊五郎の娘婿・文吉の“いわくありげな”設定」や「熊五郎が娘夫婦の“水入らずタイム”を気遣って外出していたという告白」が生かされていないのが残念なところ。原作のラスト4行の味わいもト書き(=ナレーション)処理だった方が余韻大だったのでは?

 とはいえ、名優・秀治の比類なき重厚な芝居が圧巻!なので、総合得点としては決して低くありません、しののめ的には。突っ張って生きることで心の重圧をはねのけてきた熊五郎が病床でこぼす告悔はまさに絶品。あんな急激な感情の起伏を表現できる役者はそうはいませんぜ。原作よりも突っ張りが氷解する過程がやや安直に過ぎるかも知れないけど、秀治の芝居はそれをカバーしてあまりあると思いました。ちょっと興奮してるかも、ワシ。

■小太郎より

 ほとんどしののめさんと同感です。やはり、秀治は偉大ですね。何というか、迫力ではなく、「オーラ」を感じました、あの病床シーンは。そして、これも同じ、「人間関係」が描き切れていないのが大変気になります。前回と同じですね。原作と比較して、決して悪くないオリジナルな作品に仕上がっていると思います。しかし、最後の「詰めの一手」が甘い。もしかしたら、与吉の後ろに、労がいの娘がいるという設定ではなく、単にゴロツキとして、昔のことを知っている鬼熊のおやじを強請っている、としたほうがすっきりするかもしれません。このへんのことは確かに難しいことですが、見た後に、もっとすっきりしたいです。私は、あの労がいのおまきがその後どうなったか気になります。といっても、そのおまきもおしんも、なかなか見応えがありましたね。やはり今シリーズは女優陣のがんばりが目立っている?

 それに、画面がきれいでした。あの川の。また、前回の「鮒めし」に続く「鴨めし」、ごはん党の私にとってはたまりません!

 それでもやはり、全体的によくできた作品だったと思います。「老中暗殺」や「老虎」のように、どちらかというと、地味で、渋い展開の話しが多い中、前回と今回、ダイナミックな展開が心地よかったと思います。この2本、無理やりだけども「秀つながり」ですね。

第1回

「手裏剣お秀」 6月5日

■今日のスタッフ

監督:吉田啓一郎 脚本:野上龍雄 撮影:安田雅彦 照明:中島利男

■今日のゲスト

杉原秀(遊井亮子)、杉原左内(寺田農)、うなぎや又六(徳井優)、益田忠六(宇梶剛士)、野口甚太夫(深水三章)

■今日のロケ地

・醍醐隋心院(浪人を尾行する弥七と又六)

・わらびの里(三冬VS秀)

・御室仁和寺(駕籠を降りた小兵衛に追いついた三冬、「その目は来るなと言ってもついてくる目じゃ)

■今日のグルメ

・不二楼で自ら腕を振るって「鮒飯」を作る小兵衛。梶、小林、大路、まねき猫に囲まれてご満悦の藤まこ。ひょっとして「手の出演」は料理指導の近藤文夫氏?・・・な訳ないか。

・里芋をむくおはる。亡父と共に作った里芋を携えて現れた秀、髪をきれいに結い上げてある。三冬初登場の時のようにおはるを下女扱いするも、手をつなぐふたりをみて瞠目する。ウッ、ちょっとカワイイぞっ!亮子。

■よろず覚書

1.大治郎不在シリーズなので、OP(タイトルバックまで)は第2シリーズの雨中の殺陣と小兵衛のアップを再編集したものに差し替え。

2.小兵衛曰く「仕事キッチリり又六のうなぎだから・・・」とは、徳井氏が一躍有名となったCM「引っ越しのサカイ」のキャッチコピー。

3.朽ち木の“蹄”の痕跡を見入る小兵衛。三冬、自己紹介に「秋山先生門下、佐々木三冬」と名乗る(!?)。

4.女武芸者同士の腕試し、映像の妙も相まってなかなかシャープに見える。

5.秀、道場で子どもたちに手習いを教えている。

6.敵前逃亡をきっぱりと断り、「私たち父娘はここを“死に場所”と決めております」。大仰な道場の看板と逃亡拒絶には七年前の「仇討ち」に己の身をさらすという理由があった。

7.やっぱり今シリーズも「腰に傘を挿して」張り込み・尾行する徳次郎。目立つっちゅーねん(笑)。

■続・よろず覚書

 雇われ浪人の一人・蓬髪(って髪形の呼び方じゃん・笑)役の谷口高史氏は、橋爪功(ナレーション)、大路恵美(三冬)出演のサスペンスドラマ「京都迷宮案内」に不動産屋の社長役でセミレギュラーとして出演中。その社長が生やしているヒゲがそのまま浪人の設定に貢献していて爆笑。毎回エキセントリックな芝居を魅せる谷口氏、三冬に「エイッエイッ」(笑)。注目です、この人も・・・

■原作と映像の間に

1.秀暗殺計画は又六本人が壁越しに聞いたことに(原作では又六の母親が)。

2.旗本のバカ息子たち、不二楼でたむろ。危うく手討ちにされそうになるおはるとおよね。

3.秀に狙われていることを教え、逃げるようにすすめる小兵衛。原作では襲撃当夜まで面識はない。

4.秀の父・左内はTVでは存命であり、野口甚太夫(原作では甚太夫の弟・平馬)と尋常に立ち会った揚げ句、相討ちとなって果てる。

5.やたらとデカい“蹄(ひづめ)”、原作では「小石ほどの鉄片」となっているが、アレだけ大きい手裏剣だったら十分殺傷能力ありそ。

6.旗本のバカ息子ども、試合に立ち会えないなら酒の相手をしろと言って“蹄”の洗礼を受ける(原作では他流試合を秀にいさめられていきりたった末の“洗礼”)。また、彼らは原作に登場しない目付に(三冬の手引きにより)捕縛?される。

■総論

 今回は、病身でありながら仇と狙われる身に甘んじ堂々と立ち会う「武士道」を貫こうとする左内と父の生き様に共鳴し「剣客」として残り少ない命脈を全うさせたいとする秀を描くことに力点を置いて脚色されている。「剣客とは」を一貫して描いてきたTV「剣客商売」らしい脚色。小兵衛も雑魚は片づけるもののあくまで「検分役」に徹し助太刀はしない立場をとる。「父上は最期まで剣客として命を燃やし尽くされた・・・見事です」は左内の武士道に感服し秀の労をねぎらう言葉かと。

 ラストのおはるのセリフ「三冬さんも好きだけどアノ人の方がもっと好きだァ」は、シークエンス的には少々原作とは趣きが異なるものとなっていたのが残念といえば残念かな。

  先ごろ終わった「鬼平犯科帳」の「戯れ言」執筆時でも感じましたが、池波作品(小説)では丁寧すぎるほどの人間関係(誰々の知り合いの誰々)や土地・店の解説(ものの本によると・・・)、など(しかしこれらの描写を重ねる作業こそが小説に「リアリティ」を与える高価があることはいうまでもない、誤解なきよう)がTV用に翻訳する際、一時間では納まりきらない可能性があるため、また作劇のテンポをくずさないために「原作をかいつまんで描写」することでストーリーや設定を整理していると感じました。その時の解釈に「池波世界観が維持されているか」が少しでも反映されていれば決して原作崇拝のみに陥ることはないと思います。ですから今日の「手裏剣お秀」は決して悪くない、むしろいい出来だと思わずにいられません。

■小太郎より

 そうですね、しののめさんのいう通り、「いい出来」だといえます。佐内が落命するあたり、ジーンと来ました。ただし、やはりいろんなことを盛り込んでいるため、「人間関係」をきちんと描き切れていないところがあります。殺しを頼まれた浪人の一人が、佐内を兄の仇とする甚太夫と何となく絡んでいますが、これがどういう関係でどういう気持ちの行き来があったのかが、わたしには見えて来ませんでした。いろんな関係を一度に出して、見せ切れなくなった、という印象がしています。

 藤田・小兵衛もだいぶ板についてきたと思いますが、今回、特にいいなと思ったのは、お秀役の遊井亮子チャン。あのちょっと田舎臭さいところがどことなく「純情」を表現していて、それでいて手裏剣の使い手で「コワイ女」というギャップがいい。その雰囲気をよく出していたと思います。三冬ちゃんとの決闘シーンもなかなかですが、最後のいいところがストップモーションになっていたのは、ちょっと残念。ラストで、女物の着物で現われるところ、あのちょっと無理して似合わないところがまた何ともよかったです。三冬もぐっと「腕」を上げているように思いますし、女優陣の活躍、もっと期待してます。秀チャンは原作のように、またチョクチョク出てくれるのかな?

 それに、あの鮒飯。とにかくうまそうです。いつか食べたいですね。

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